2018年11月7日水曜日

12歳未満の小児のゾフルーザ(バロキサビルマルボキシル) Q&A -第3版(2019年9月26日現在)-

Question

・ゾフルーザとは何ですか
・どのような効果がありますか
・これまでの薬と比べてどのようなメリットがありますか
・他の薬より早くから効果が出ると聞いたのですがどうでしょうか
・問題点はありますか
・学会ではどのようなスタンスでしょうか
・海外ではどのような状況でしょうか
・まとめるとどんな感じなのでしょうか





ゾフルーザとは何ですか

ゾフルーザはバロキサビルマルボキシル(Baloxavir marboxil)と呼ばれる新しい抗インフルエンザ薬の商品名です.
これまで使用されてきた抗インフルエンザ薬(タミフルなど)と異なるメカニズムでウイルスの増殖を抑制する薬剤です1).

メカニズムについて
 インフルエンザウイルスは細胞に感染するとウイルスの成分(蛋白やRNA)が細胞内に侵入します. 細胞内でウイルスRNAの転写が行われ, mRNAの合成とウイルスゲノムRNAの複製が行われます. 
 ゾフルーザ(Xofluza)はウイルスのポリメラーゼのうちPAのキャップ依存性エンドヌクレアーゼを阻害することによりmRNAの合成(mRNA synthesis)を阻害して, 結果としてウイルスの増殖が抑制されます.2)3)

(模式図は参考文献2より引用)
(注: 信頼できる情報源が英語版しか発見できなかったため英語版で掲載しています. 日本語版がみつかれば差し替えます)
「Cap-Dependent Endonuclease Inhibitor」の画像検索結果







どのような効果がありますか

12歳未満の小児に対して投与した場合の研究については, これまで論文では報告されていません.
つまり, 科学的に質の高い方法ではまだ効果が確認されていないと言えます.

12歳未満の小児への投与データについて知り得る情報は, 製薬会社から発表されている医薬品インタビューフォームに掲載されているもののみです.4)

12歳未満の臨床試験のデータは以下の通りです.
・薬を飲んでいることがわかっている102例が対象
・結果: (体重(症例数): 症状改善までの時間(中央値))
 ・体重40kg以上 (8例): 60.9時間
 ・体重20kg以上40kg未満(65例): 45.6時間
 ・体重10kg以上20kg未満(29例): 39.1時間

では, 効果はどうなのでしょうか. 実はよく効果はわかりません.
なぜなら薬を飲んでいない人やその他の薬を飲んでいる人がどれくらいで改善したかわからないからです.

(参考) 12歳以上の場合には,
・薬を飲んでいない人よりは約1日症状が改善
・タミフルを飲んでいた人と症状の改善は同程度
と報告している研究はあります1)





どのようなメリットがありますか

上記の参考で紹介した12歳以上の報告では, 薬を飲んでいない人やタミフルを飲んでいる人と比べてウイルス排出期間が短かったことが報告されています.
人からインフルエンザウイルスが排出され, そのウイルスが他の人にうつることで感染が引き起こされます. つまり, ウイルスが排出されている期間が短い方が, 人に感染させる期間も短い可能性が考えられます.
しかし, あくまでの可能性であって, 実際に感染させることを早期に抑えているかは確かめられていません.

また, 「飲み薬で1回で済む」というのもある程度魅力的ですが, あくまでもある程度です.効果や副作用などを総合的に判断して, 他の薬剤と同等以上であった場合にはじめて投与期間の短縮ができるかを考慮します.





他の薬より早くから効果が出る・効果が高いと聞いたのですがどうでしょうか

早くから効果が出るか
これまでの薬よりもウイルス増殖の早い段階で抑制するのは事実です2).
ただし, ウイルス増殖を早い段階で抑制することと症状が早い段階で良くなるかは別の問題です.
実際, 臨床試験では早い段階から良くなることは示されていないため, 「症状改善に」早い段階から効果が出るというわけではありません.

効果が高いか
上述に通り, 12歳未満では効果があるか, 効果が他の薬と比べてどうなのかということはわかりません.
12歳以上では, 症状を早く治すという点ではタミフルと同じ程度であり, 明らかに効果が高いことを示したデータはありません.





薬を飲んだお子さんが1日で治ったという話を聞いたことがありますが, どうなのでしょうか

インフルエンザの症状は個人差が大きいです.
例として, ゾフルーザの医薬品インタビューフォームから図を引用します4).
この図は12歳未満でゾフルーザが投与されたインフルエンザの患者さん103人のうち, 時間経過でどれくらいの割合で症状が残っていた人がいたかということをあらわした図です.
 
図で示している通り, 治療開始から比較的すぐに症状が改善している児もいれば, 改善するまでの時間がかかっている児もいます. 早く良くなった子は, あくまで全体の一部です.
このような状況は薬を飲んでいない, あるいはタミフルなどの従来の薬を投与されている場合でも同じような傾向がみられます. 従って, 薬を飲んでいない子でも1日で良くなることはあります.
つまり, ゾフルーザの効果で早く良くなったかはわからないので, それだけで効果があるとは言えません.





学会などではどのようなスタンスでしょうか

日本小児科学会は「2018/2019 シーズンのインフルエンザ治療指針」を発表しています.5) その治療指針では, 治療の選択薬は従来の4種類のみ(タミフル・リレンザ・イナビル・ラピアクタ)としており, ゾフルーザは選択肢に含まれていません.
ゾフルーザに関しては「同薬の使用については当委員会では十分なデータを持たず、現時点では検討中である。」と記載されています.

また, 日本感染症学会は「キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬(Cap-Dependent Endonuclease Inhibitor)Baloxavir marboxil (ゾフルーザ®)について」を発表していますが, そちらではゾフルーザについてのスタンスは明確には言及していません.6)





問題点はありますか

ゾフルーザではウイルス変異株についての問題点が指摘されています4)6).
上記の12歳未満の小児を対象とした臨床試験で, ゾフルーザ投与患者でウイルスの変異が評価できた77例中18例(23.3%)でアミノ酸変異株が認められました. また別の成人での臨床試験では9.7%に変異が認められました.
これらのアミノ酸変異(正確にはI38T)が起こると薬が効きにくくなる(感受性が約50倍低下)ことが確認されています.
従って, ゾフルーザでは効きにくくなるウイルスが, 特に小児において認められやすい可能性が示されています.

また12歳未満の小児を対象とした研究では, ゾフルーザが効きにくくなるウイルスが検出された児では, 効きにくくなるウイルスが検出されなかった児と比べて症状がやや長くなったり, ウイルスがより長い期間検出される可能性が示されています10).
この研究では, 特に5歳未満では検出されやすい可能性も示されていますが, 情報は乏しくはっきりしたことはわかっていません.

変異株ができると, 症状が再び出てきたり, ゾフルーザが効きにくいウイルスが周囲に広がる可能性が指摘されていました.
実際, 2018-2019年のインフルエンザシーズンにおいてゾフルーザを投与されていない児からゾフルーザ耐性ウイルスが検出された例が報告されています. つまりゾフルーザを投与されている人に耐性ウイルスが別で出現して, それが排出されて他の人に感染した可能性が高いことが示唆されています9).




海外でどのような状況でしょうか

世界に先駆けて日本で2018年3月に販売が開始されました. その後, FDA(米国食品医薬品局)が米国においてゾフルーザを承認しましたが, 対象は12歳以上のみでした.7)
FDAのリリースしている記事では12歳以上としている理由に関しては言及されていないですが, 上記の通り12歳以上と12歳未満でわけて臨床試験が行われており, 12歳以上でしか有効があることを示すデータがないために12歳以上に限定されていると推測されます.

また, 製薬会社は台湾でも申請を行なっていますが, 台湾では12歳以上のみを対象として申請しています.8)

その他, 私の知る限り, 日本以外では12歳未満での使用が承認されている国・地域はないと思われます.





まとめるとどんな感じなのでしょうか

日本では12歳未満でも使用することはできます. ただしデータが乏しいため症状を改善させる効果があるかは不明です. 一方で, 耐性ウイルス(低感受性ウイルス)が比較的誘導されやすい(特に小児で)可能性が指摘されています.
そういったこともあり, 日本小児科学会のインフルエンザ治療指針ではゾフルーザは治療薬の選択肢に含まれていません.
効果があるかわからないことが関連しているのかもしれませんが, 米国では12歳以上でのみ承認されています. また同じ製薬会社が台湾では12歳以上でのみ申請しています.
以上のことから, 現時点では12歳未満の小児に対して使用されることは好ましくないと思われます. もし投与されるような場面があれば, 上記のようなことを把握した上で考慮した方がよいのでは思います.

12歳以上に関しては
・症状を改善させる効果: タミフルと同等
・ウイルス排出を短縮させる効果: 従来の薬よりは効果がある
・周囲への感染防止効果: あるかもしれないが, 不明
・費用: これまでの薬剤よりは高い
という状況だと思われます(耐性ウイルス(低感受性ウイルス)の問題は12歳以上でも同様にあります).






参考文献
1) Baloxavir Marboxil for Uncomplicated Influenza in Adults and Adolescents. N Engl J Med 2018; 379: 913-23
2) Shionogi’s growing anti-infectives portfolio. Shionogi Pharmaceutical Research Center
7) FDA approves new drug to treat influenza. FDA News Release
10) Baloxavir marboxil in Japanese pediatric patients with influenza: safety and clinical and virologic outcomes. Clin Infect Dis. 2019 Sep 20

更新状況
第1版 2018年11月7日
第2版: 2019年9月7日 / 問題点の項目で変異についての報告を追加
第3版: 2019年9月26日 / 問題点の項目で, 文献10の内容を追加

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